会津奥只見の旅


桧枝岐...秘境へき地の代名詞的存在だったひのえまた 百聞は一見にしかず..2〜3泊のつもりでふらり旅立つ。 



1991(平成3年)8月19日(月)晴れ
 葛飾区高砂⇒会津田島 

 南会津地方へは数年前開通した野岩鉄道が便利だが初日に男鹿峠を越える関係上、
今回は東北新幹線経由で黒磯まで輪行する。
 駅から板室温泉行きのバスに乗り込み、深山ダム入り口で降り自転車を組む。
 以前平賀氏と沼原湿原まで走った時は終点の板室温泉まで乗り越してしまい、 余計な上りで無駄に足を使ってしまった。
 その時の苦い想いから、
バス停を通り過ぎないように 判別しづらい緑の走り行く景色に神経を集中したとゆうわけです。
 走り始めから即登りで深山ダム湖に着くころには一汗掻いて、
ウォーミングアップには 充分すぎる程。



 ひとけの無い深山ダム湖を通過し、沼原湿原、三斗小屋温泉方面への道と別れ、既にダート に変わった大川林道を本日極める男鹿峠にむかって突き進む。
 道は狭いが、硬く締まった砂地に小石混じりで 比較的走りやすい。

辺りは緑一色 、頭上も深く木々が覆いかぶさって、まさに‘万緑叢中男一点’?違ったか。

これだけの緑だが、夏真っ盛りの八月ゆえ、彩りを添えるべき花々は ほとんどお目にかかれないのが少々残念。
 ところで万緑叢中紅一点の紅はザクロの花だそうだが 確かに緑濃い中の鮮やかな赤い石榴の花はたいへん際立って見える。
 しかしながら一本の樹には沢山の花がつく、紅一点とは何故なのか前々から気になっていたが... まあそんなことはどーでもいいか。
 本来の意味とは離れて、大勢の男の中にたった一人の女性とゆう 喩えに使われている訳だから。
 万緑の中愛車にくくりつけた真っ赤なタオルを眺めて何とはなしに思い巡らした次第です。
 さて此処まできてまだ『ひと一人出くわしていないな』
なんて想いながら緑深い急坂を押し進んでいると
傍らを物の動く気配。
 見るとリス(たぶん)が
大きな木の枝からこっちを伺っている。
 我々の生活圏に勝手に入って来るなと云わんばかりに。
それとも滅多に人など来ないので物珍しかったのかも。

 とにかく写真だけ撮らしてもらい、驚かせぬよう早々に退散する。

 さて森林浴には格好の密度濃い樹林帯を進んでいると、前方よりツーリングバイクが一車走ってきた。
 バイク青年が 言うには、峠の手前で山崩れがあり通行できず戻って来たとの事。
 『通るのは無理やめた方がいいですよ』 『それは残念だったですね、でも自転車は多分大丈夫ですから』
こんなやりとりを交わし、不安そうな顔をする 青年と別れて前進する。
 今までにも工事中や道の損壊で通れない場面には何度も出くわしたが、
どうしても 通過出来ず引き返したのは信州角間峠と、淺川峠、湯ノ沢峠くらいのもの。
 とは言うもののチョッピリ心に引っ掛かる。
 道も だんだんガレキ状の大きめの石ころがゴロゴロし始め、押しが多くなってくる。
 どのみち急勾配になれば 道が良かろうが悪かろうが乗っては往けませんけど。


 砂地の道になり坂も緩んできたしやれやれ乗って行けるかと思う間もあらばこそ、
行く手に大木が 根こそぎ横倒しになって道をふさいでいる。
 自転車やバイクはすり抜けられるが
四輪車は通るのは無理ひき返すのが無難のよう。

  

そういえば深山ダムのダートになって程なくの所で乗用車とすれ違ったが、 今思えば此処で進退窮まり峠越えは諦めての事だったのでしょう。
 我が愛車は難なく通過するが道は悪くなる一方、この先どうなることやら。



 悪路急勾配を押し専門で進むうち陽あたり見晴らし共に良くなって来た。
 汗まみれのシャツがうっとおしくなる頃 山崩れ現場に到着。
 山側の側面が柵諸共崩れ落ちて行く手を塞いでいる。 成る程これでは自動車はおろかバイクでも通るのは不可能。
 わずかに谷側がそれこそ獣道くらいの幅で申し訳程度に通じている。
 だがしかしガードレールもロープ柵も無い。
 下を見ると落ちるのは許されない急斜面。

 さてどうするか。
 先を見ると崩れの規模は幅10米くらい、通れるスペースは30センチ、 自転車を押してクリアするのはまことに危険極まりない。
 先ずリュックだけ背負って下を見ないように慎重にトライ、 ちょっとばかり怖いがなんとか渡りきる。
 次に空身で引き返し、運び易いように自転車をフレームと車輪とに分け、三往復して 我が身,我が愛車すべて無事通過、本日最大の難関を突破する..おおげさか。
 この先山崩れや道の陥没決壊なぞ起きていませんように祈りつつ進むことしばし やがて峠に。

 名を新男鹿峠(1270m)。
  峠らしさはいまいちだが 人っ子一人いないこの雰囲気は下界とは無縁のもの、まさに自分一人の世界。


 身を投げ出して忘我の境地に....といへども空腹には勝てません。
お茶を沸かして遅い昼食。
 時は既に午後の2時、五万図を広げて見ると栗生沢の集落まで距離は短いし多分楽そうなコースなので、大自然の真っ只中 での昼寝を決め込む。
 どのくらい過ぎたか、強い日差しに換わって木の葉をゆらす涼しげな風で目覚める。
 明るかった真っ白な雲がだいぶ黒ずんできたので、荷繕いをして峠をあとにする。
 峠からの下りは福島県となり 栃木県側の悪路に比べればよほどマシな状態。順調に乗って下ってゆく。
 ダートが終わり舗装路になればそこは栗生沢。

あとは会津田島まで一気に突っ走り 町なかの旅館に飛び込み、結構はらはらドキドキの悪路パスハン.ツーリングを終わるのでした。



1991(平成3年)8月20日(火)雨 会津田島⇒桧枝岐

 朝起きると予想通り外は雨。
 幸い篠突くと言う程でなく時々小止みになったりもしているので 8時を少し回ったところで宿を出る。
 田島の町をあとにしてすぐ阿賀野川を渡る。支流の檜沢川に沿ったR289を走り 今日のピーク駒止峠目指す。
 およそ10`強を走り体が温まってきた頃峠への入り口針生に着く。 ここからはR289と一旦別れ檜沢川からさらに枝分かれした赤穂原川に沿って舗装された道を行くが、 車もぐっと少なくなりのんびりと登って行ける。
 空模様は相変わらず不安定で時折ポツポツ 落ちてくる。しかも湿度が高いせいか山道では特有の小さな羽虫や虻が汗の臭いに魅かれてどこまでも まとわり付いてくる。
 それも顔面を集中的にねらって攻めてくる。対策は色々あって、虫除けクリーム やスプレー、網カバーなどなど。
 私は超音波を発する器具を使用。リップスティック型で小さく胸ポケット に万年筆の様に差し込む。
 キーンと微かな音がするがさほど煩わしくは無い。
 効果はそれぞれ一長一短であとは好みの問題かも。

川に沿って登るうち次第に勾配も増し、幾つかの九十九折れを過ぎるとやがて駒止湿原の入口に。


 あいかわらづ濡れない程度の雨がポツリポツリと顔にあたるが構わず湿原に入る。

 木道の手前で自転車を乗り捨てて散策開始。


 木道はしっかりしていて歩き易くテーブルやイスも 備え付けてある。
 流石に真夏の八月ゆへ花も少なめでミズギクとかギボウシの仲間くらいしか 目立たない。
 どうにも落ち着ける空模様じゃないので早々に湿原を出、峠への道を登る。


 少し行くと峠の茶屋と言うには大層立派な建物が緑濃い山あいにでんと構えている。
 昼時には少し早いがここで腹を満たすことに。峠も間近いし、今日の最終目的地桧枝岐まではこれといった 難所もないはずと、ビールと名物料理でたっぷりと休息をとる。
 店の人の話では駒止湿原の案内板を 駒止温泉と間違えるそそっかしいドライバーが時々いるそうです。
 湿はともかく原と泉はねえ、 雁垂れを取り払ってもよく見れば違うのだが、通りすがりだと一瞬見間違うんですね。
 天気は回復する気配も無さそうだが先があるので長居をした茶店を後にする。
 すぐ峠に着くが名前の割りには何の変哲もない只の切り通し風ピーク。
 1135mの駒止峠。
 名前からしていわく因縁有りそうだが、自転車を降りる気もせず其のまま通過してすぐダウンヒルの開始。
 路面がぬれて走りづらい上につづら折れヘアピンカーブの連続でおもうようにスピードが出せない。
 まあこんな事もあるかと自らに言い聞かせて時間をかけ慎重に下る。
 やがてトンネルで通じた新道のR289に再び合流し 交通量の多くなった国道を車に気をつけながら走行する。
 南郷村山口に着く頃には雨も本降りとなり ポンチョの出番となる。ここを左折して沼田街道を桧枝岐に向かう。
 この辺りは平行して流れる伊南川に沿って坦々とペダルを廻す。 少しづつだが確実に高度を増してゆく。
 流れる川もいつしか桧枝岐川と変わり目的地も真近、かと思わせる。
 そうこうするうち左手対岸に温泉旅館が見えてきた。そこは一つ手前の小豆温泉だった。
 雨は止む気配もないし 冷えて疲れた体を此処で癒すことにするかそのまま予定通り行くか、後ろ髪をひかれる思いながら 此処で終われば明日が辛くなると己に言い聞かせて、湯煙を横目に見つつ通過する。
 降りしきる雨とジリジリ上がってゆく渓流沿い特有の道に悩ませられながらも、どうにかこうにか 旅人歓迎アーチまでたどり着く。



 しつこく続く登りと、夏でも冷たい山あいの雨 のおかげで、サイクリングの楽しさは半減された一日でしたが、【よくきらった】の歓迎アーチを目にした 時は心底ほっとしました。
 午後五時半一目散で桧枝岐民宿に飛び込み まづは温泉に浸かり、郷土料理の裁ちそばを肴に熱燗を一本たしなみ、出された夕食の膳をきれいに平らげ 早めに床についたのでした。



1991(平成3年)8月21日(水)曇り後雨 桧枝岐⇒葛飾区高砂

 たっぷり睡眠をとったお陰で目覚めも快適且つスムーズに、早めに朝食を済まし身支度を整える。
 昨夜来の雨空も雲間からうす日が射す程に回復する。
 雨のほうが私より先に峠を越してくれたか。8時キッカリ宿を発つと すぐ六地蔵がお揃いの衣装でお見送り..また来てねと言っているのか、がんばってと言っているのか。 とにかく気合いが入りました。
 ここから5キロ程でキリンテなる変わった名のキャンプ場に着く。
 朝食の用意をしているキャンパー を横目に見つつ、徐々に勾配を高めてゆくR352を進む。


七入をすぎると一段と坂がきつくなり 早くも玉の汗。
 頑張りすぎると後半バテバテになるのは火を見るよりあきらか、ここはスローペース で体力温存をはかる。
 九十九折れの道を、のんびりと周りの木々を見上げながら時間をかけて 登ってゆく。やがて急登も終わりあたりが開けてきて高原状となる。
 5万図には?平とある。 なるほどブナの木が多い。御池峠には10時に到着。広々とした峠には売店や駐車場があり その先に尾瀬への立派な道路がのびている。
 行って見たい思いを断ち、売店で少しの食料を買い込み 銀山湖に向かって下る。
 道幅は急に狭くなり舗装状態も今ひとつだが対向車もほとんど無く安心して ガンガン下ってゆく。
 あっとゆう間に小沢平に到着。そこから砂子平、赤岩平とやけに平のつく集落 を通過すると、やがて満々と水を湛える奥只見湖(銀山湖)が現れる。

 尾瀬口渡船場も気づかないうち 通り過ぎ道は徐々に登り始める。
 湖を右下に見ながらおよそ300m程登りピークを大きく左へまわり 込むと、前方向かいの山肌を同じ高さで平坦な道が延びている。
 直線にすれば500mくらいで言うところの指呼の間だが、その間は深い谷となって 遥か下は恋ノ岐川とゆう意味深な名の川が流れている。


 呼べば答えそうなそこまでは大きく迂回するようにおよそ4kmは走らなければならない。
 然し先へ進みつつ道筋を見て驚いた。
 せっかく苦労して登って来たのに 一旦高度差200m近くを下り、そこから今いる場所より更に上らなければならない。
 ロマンティックな気分も吹っ飛んで嬉しくも無いダウンヒルで恋ノ岐川を渡り、再度湖面を右下に見ながら 二つ目のピークをめがけてヒルクライム。
 最初の上りとまったく同じようなコースで、ビデオテープを巻き戻して繰り返し再生しているようだ。

 少々バテてきたし12時をまわってお腹もすいて来たしで、この湖岸コースでは多分最高地点と思われる峠状 のピークを通過した、後方山襞に残雪の見える道端しで、昼食をすることに。
 汗と埃にまみれて疲れきった風体で道路脇に座り込み、 お湯を沸かし食事をしている様は なんとも情けない図だ。
 時たま走ってくる乗用車の中の視線がそう語っている。
 粗末な食事を終え、一息いれながらあらためて5万図を眺めてみると私には今日のコースはハード過ぎたか と遅まきながら気づいた。



 すでに御池峠と二つのピークをこなし、この先まだ幾つかのピークと最後に枝折峠 が待ち構えている。
 無事完走出来るか心もとないが今更引き返えしても辛さは同じ、当然前へ進むしかない。
 救いは最近になって銀山平まで全線舗装になったので、比較的安全かつスムーズに走れそうなこと。
 とにかくノンビリもしていられないので出発する。

走り始めてまもなく下りはじめる。
 そのままどんどん下り続けてとうとう湖面まで降りきってしまった。

 中ノ岐川に架かる雨池橋をわたると、そこから少しのあいだまるで池のように穏やかな水際を、 ペタリングのつま先を濡らさんばかりに走る。
 小さな沢筋を何度も何度も出入りしながら凡そ5km で第三のピークへ。
 ここまでくるとさすがに走る楽しさはとっくに失せ、ただただ終わらせたい一心のみ。
 100米..さしてあるわけでも無い高度差が異常にこたへる。
 これを登り切り右から左へ俯瞰を移すと湖の脇を更に延々と国道 は続いている。
 天気は良し景色は抜群、大自然の真っ只中最高のツーリングのはづなのだが、疲れと完走への不安で 心の内は複雑微妙。それでも性懲りも無く走り続ける何かがサイクルツーリングには有るのだ。
 銀山平までキツイ上りは有りませんようにと祈りつつ気を取り直して なかば惰性ではしる。



相変わらず出たり入ったりが続くうち本日初のトンネルをくぐる。
 沢をまたぐ回数が一段と多く なり、所どころで流れが道を横切っている。



結構流れは早いし湖面まで30mくらいありそう でおまけにガードレールが無いから見た目はまるで滝の様相。
 梅雨時や、大雨のあとで水かさが増したら通行不能だったかもしれづ、無事通過でき一安心。
 その後も行ったり来たりを厭になるくらい繰り返し、時々現れる線路ならぬ水路の踏切を慎重に渡り ながら、ようやく銀山平船着場に到着。
 朝桧枝岐の宿を発ってから6時間後、午後の2時をまわったところでした。
 人と車で賑わう銀山平の売店で、尾瀬三郎の銘の入った地酒と少々のオミヤゲを買い込み、 休む間もなく、最終パス地点枝折峠を乗っ越すべく自転車にまたがる。

 しばらくぶりの直線路を 2km程走ると石抱橋に着く。
 越後駒ケ岳や、中ノ岳、兎岳、荒沢岳等2000m級の山々の源流を集めた 北又川を渡ると、いよいよ本日最後の登りが始まる。
 御池峠と三つのピークをこなし、この枝折峠で なんと1日に5回も峠を越した勘定だ。
 超ハードな走りの御蔭で慣れてしまったのか、あまりの酷使で麻痺したのか ペタリングは意外とスムーズ。
 ダート区間で押しに変わるまで一気にのぼる。
 振り返ると、今しがた通ってきた 銀山平の一本道が眼下に見てとれた。



上り始めて1時間と少しで枝折峠着。
 峠は道幅も比較的広く舗装もしてある。
 ゆっくり大休止といきたいところだが、すでに3時半をまわっているので、そこそこに下ることに。



 大湯温泉を筆頭に幾つもの個性ゆたかな温泉が点在する湯之谷温泉郷を通過して、 砂利道と舗装部分と入り混じった国道352号を快調にダウンヒル。
 途中駒ケ岳が望めるところで小休止、 あとはひたすら小出の町を目指して走り続ける。

5時キッカリ上越線小出駅到着。
 三日間我が身共々 ハードコースの酷使に耐えぬいた愛車を輪行袋に収め、我が家を目指すべく東京への列車を待つのでした。